父と暮らせば 井上ひさし
井上ひさしが「聖書」と呼ぶ原爆被災者の手記をもとに書いた戯曲『父と暮らせば』をの公演を観てきた。昔、宮沢りえと原田芳雄が演じた映画は見たが、初演は27年前、本家
本元の★こまつ座の『父と暮らせば』は初めて。井上戯曲の中でも屈指の上演回数を誇る
代表作の一つで井上は「おそらく私の一生は広島と長崎とを書き終えたときに終わるだろう」と記している。
昨年、紫綬褒章を受章した演出家・鵜山仁が捧げる原爆投下から3年後の広島の父娘の物語。娘、福吉美津江を伊勢佳世さん、原爆で死んだ父竹造を山崎一さんが演じる。美津江は6人目。竹造は5人目。再演、再演できている作品でも演者が異なると醸し出す空気感が変り、演出も変わるらしい。同じキャストでも変化している。舞台は日々変わるのだそうだ。
👇声なき声を届けるこまつ座のライフワーク「戦後”命”の三部作」のひとつ。
👆宣伝美術は安野光雅さんの作品。
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舞台は、原爆投下から三年後の広島。図書館で働くひとり暮らしの福吉美津江のもとへ、原爆で死んだ父・竹造の幽霊が現れる。竹造は、美津江と木下青年との仲を取り持とうとする。美津江の「恋の応援団長」なのだ。
原爆投下の瞬間のこと、親友、その母、友人たち、父親の被爆の時の死の様子が語られる。既に読んだり聞いたりしたことだが、やはり涙が出る。
「うちは幸せになってはいけんのじゃ。生きていること申しわけない。死ぬ勇気もない 」 と 父の言葉を拒絶する美津江と、娘の頑なな心を解き放とうとする竹造。生き残った者が死んでしまった者に対する後ろめたさを語るシーンにまた涙が出る。きっと、あらゆる災禍の後に生きて残された人の思いなのだろう。
「わしの分まで生きてちょんだいよ」「人間のかなしいかったこと、たのしかったこと、それを伝えるんがおまいの仕事じゃろうが」図書館で働く娘にかけた父の言葉。
広島弁で交わされる二人のやり取りに笑いがあり、ぷっとふいてしまう。まるで漫才だ。
井上氏の有名な言葉、「ふかいことをおもしろく」まさにそれだ。
確かに二人の姿しか舞台にないけれど、彼らから語られる目には見えない登場人物がしっかりと存在して、それぞれのキャラクターが不思議と鮮明にイメージが出来る。
音楽がまたいい。もう亡くなっていますが宇野誠一郎さんによるものだった。
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拍手が鳴りやまない。正座して手をつき何度も頭を下げて得る応える父と娘。
明日が千秋楽だそうだ。
👆終演後、演出家の鵜山仁さんのトークがあった。それがあったのであえて今日のチケットを買った。皆さんも私と同じ思いらしく席を立つ人はいなかった。司会は井上麻矢さん。井上氏の三女でお父さんの遺志を継いでこまつ座の代表を務めておられる方。
トークのまとめとして鵜山さんがプログラムに書かれたものをここに載せたいとおもいます。 👇👇👇
◆◆◆異界の声を聞き、再生する務め◆◆◆ より抜粋
~~生き延びた意味をもう一度見つめて~~
井上さんはかつて「当事者ではない自分が被爆経験をどうフィクションとして扱える
のか、そこに向き合うのは非常に困難だった」と正直に語っていました。僕らも初演の
広島公園や、ロシアや香港での公演など、観客席を前にして同じような困難を経験して
きました。だからこそ今、美津江は何のために生き延びたのか、生き延びてよかったの
だろうかと、もう一度検証してみる必要があるのではないか。「生き延びたのだから良
かった」と言っておけばいいのかもしれない。でも何のために?それはやはり、死んだ
人たちとも共生する強さを蜜漬けること、様々なノイズを引き受けることだと。利害の
異なるせかいにまで広がりを持ち、多様な関係性を引き受ける。それがより良く生きる
ことに繋がるかもしれない。‥‥‥‥老い先短いので、そう考えないと息苦しくなって
きたんでしょう。(笑)
~~フィクションにできることは何か~~
昨年同様、他愛もなく芝居が中止に追い込まれる、そんな状況がまた巡って来ています。
”不要不急”という言葉は結構好きですね。不要不急の反対、”必要火急”というのは、現世の
利益だけに関わる話じゃなおかと思う。現世の利益は何故こんなにバランスが悪いのか、
そn不平等を考えると、大事なのは目に見える価値観だけじゃないだろうという考えに
行き着く。だからアートは異界からの声を聞き、そのビジョンを表現しなければいけない。
そう思うと色々な可能性が見えてくるんです。稽古場で繰り出される制の表情、音が、
一万年前の、もしくは二千年先のビジョンを表してくれる、そう信じると楽しくなる。
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都知事さんに『東京へ来ないで』といわれていたけれど新宿まで出かけました。
一人がいいです。誰とも喋らず、自宅と劇場の往復です。トイレにも行かずでした。
8時半 終演後のタカシマヤタイムズスクエア―。
人は割と多い。私のようなおばーちゃんはめったにいない。
7月は『母と暮らせば』を観に行きます。長崎を舞台にした母と息子の会話劇です。