朗読劇「この子たちの夏」上演台本より(4)~しづかに歩いてつかあさい
★しづかに歩いてつかあさい 水野 潤一
今は、新しげな建物のえっと見える
この川辺りの町全部が
昔は
大けい一つの墓場でしたけえ
今は車のえっと走っとる
この道の下で
うじ虫の湧いて死んで行った
母を焼いた思い出につき刺されて
息子がひていじゅう (註*ひていじゅう=一日中)
つくなんでおりますけぇ(註*つくなんで=かがんで)
ほいじゃけえ
今、広島を歩く人々よ
どうぞ、いついきしづかァに
こころして歩いて つかァさい
それにまだ病院にゃあ
えっと火傷を負うた人も
寝とってじゃし
今も急にどこかで
指のいがんだ ふうわりい人や
黒髪で いなげな頬ひきつりを
かくしとった人が
死んで行きよるかもしれんのじゃけぇ
はいじゃけえ
広島を訪れる人々よ
この町をあるくときにァ
どうぞ いついきしづかァに
こころして
歩いて行ってつかァさいや…
のう…
◆ 辻本 一二夫 の手記
小学校の屋根の見張りのおじさんが、鐘をたたいて叫んだ。
「…… 敵機……」
僕は真っ先におばあさんの手をつかまえてごうの一番奥へとびこんだ。
もうそのとき、
ピカッ……と光ってしまった。
そして僕は、強い風で、ごうのかべにたたきつけられた。
しばらくして、僕が防空ごうから、外をのぞいてみたら……運動場いちめんに、人間がまいてあるみたいだった。運動場の土がみえぬくらいに倒れていた。大ていは死んでしまって、動かなかった。
学校のまわりの町は、みんな燃えていた。
兄さんも、妹たちも、みんな防空ごうに走りこむのがおそかったので、やけどをして泣いていた。おばあさんはロザリオをとり出して、お祈りをしていた。僕は防空ごうの入り口に座って、お母さんとお父さんとが来るのを待った。
30分もたってから、お母さんがようやく来た。血だらけだった。お母さんはうちで、お昼のご飯の用意をしていて、やられたのだった。お母さんに、すがりついたときのうれしさは、今も忘れない。お父さんは、待てども待てども、現れなかった。
妹たちはあくる日に死んだ。
お母さんは……お母さんもそのあくる日に死んでしまった。
それから…兄さんが死んだ。ぼくも死ぬと思った。…防空ごうのなかで、ならんで寝ているだれもかも皆死ぬんだもの……。生きのこった人たちが、運動場に木を集めてきてそこでたくさんの死がいを焼いた。
兄さんも焼かれた。お母さんも、みるみるうちに骨になって、おきの間から下へぽろぽろ落ちた。…僕は泣きながら」、じょっとそれを見ていた。
おばあさんは、ロザリオの祈りをしながら見ていた。
おばあさんは、天国へ昇ったら、お母さんに会えるのだヨ、というけれども、おばあさんは、もう年寄りだから、あとすぐ天国へ行けるだろうが、しかし僕はまだ子供だから、あと何十年も先でなければ、あのやさしかったお母さんに会えない、兄さんとも遊べない、かわいい妹たちともお話しできないのだよ……。
僕は、山里小学校に入った。今は四年生だ。あの運動場はすっかりかたづいていて、たくさんの友だちが、おおよろこびで遊びまわっている。あの友だちは、ここでたくさんの子供が死んで、焼かれたことを知らない。
どうかしたときには、ふっと、あの日のことを思い出す。
そして、お母さんを焼いたその所にしゃがんで、そこの土を指でいじる。
竹で深くいじると、黒い炭のかけらが出る。そこの所を、じっと見ていると、土のなかにボーッとお母さんの顔が見えてくる。
ほかのこどもが、そこの所を足でふんで歩くのを見ると腹がたつ。
運動場へ出るたびに、僕は、あの日を思い出す。運動場はなつかしい。そして悲しい。
朗読劇「この子たちの夏」上演台本より~しづかに歩いてつかあさい
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